生き物共生

「越前田んぼの天使有機の会」の会長、井上幸子さん(59)=越前町八田=は毎年春になると、田んぼの土を手ですくってみる。「小さい貝やイトミミズなど生きものがいっぱいで土全体がモゴモゴと動くんですよ」。冬水田んぼと無農薬栽培を始めて18年。年を追うごとにヤゴやタニシ、ドジョウ、カエルなどの生きものが増えてきた。

 体長2~3センチ、糸のように細いイトミミズのふんは、積もり重なって「トロトロ層」と呼ばれる軟らかい泥となる。雑草の種は泥に沈み、草が生えにくくなるという。井上さんは「無農薬栽培は、生きものたちの力を借りた農法なんですよ」と教えてくれた。

無農薬栽培2年目を迎えた支局のコウノトリ田んぼで5月、イトミミズの生息調査をした。1平方メートル当たりの数は、抑草効果があるとされる3千匹を大きく上回る約4万8千匹。約1200平方メートルの田んぼには5千万匹以上がいることになる。田んぼの土は、クリームのようにトロトロ。土の中で、たくさんのイトミミズが活躍してくれているに違いない。 

 □  □  □ 県自然保護センターの平山亜希子さん(33)は、3年前に井上さんの田んぼであった自然観察会のことを鮮明に覚えている。「だって、そこは希少植物の宝庫だったんです」。水面にひし形の葉を浮かべ白い花を咲かせていたのは県域絶滅危惧Ⅰ類のヒメビシ。オオアカウキクサ、シャジクモ、サンショウモ、イトトリゲモ…。見つかった絶滅危惧種は約10種類に上った。 「100ミリリットルの土の中には200~400の種があります。除草剤に弱い植物たちが生き返ったんです」。無農薬の田んぼは、いろんな植物が生きられる「まさに生物多様性の世界」だという。 さらに平山さんは「田んぼの植物は“害草”よりも“益草”の方が多いんですよ」と続けた。例えばオオアカウキクサの根は、空気中の窒素をため栄養のある土をつくる。稲の生育を妨げるのはコナギやヒエなど限られた品種。田んぼには稲以外の植物はない方がいいと思っていたが、すべての草を取り除く必要はないらしい。

  □  □  □ 経済協力開発機構(OECD)によると、日本では1年間に約5万4千トンの農薬が使われている。耕作地1平方キロ当たり約1・16トン。湿度が高いため病害虫が多いなどの要因はあるものの、加盟30カ国平均の約5倍、国別では韓国に次ぐ多さだ。県内の田んぼで見られる植物約180種類のうち、約30種類が絶滅危惧種に指定されているのも、農薬依存型の農業と無関係ではないだろう。 田んぼの植物をガやイナゴが食べ、それをクモやカエルが食べる。それらをコウノトリやサギ、ツバメがついばむという生態系。県立大生物資源学部の吉岡俊人教授(55)は「2千年余りにわたる水稲栽培の歴史が築いてきた生態系が、戦後わずか60年余りで崩れてしまった。乾田化などさまざまな原因があるが、農薬もその一つ」と指摘する。 

 □  □  □ 井上さんは動く土のことを「命の塊」と呼んでいる。その土を触るたび「しょせん人間は種をまいているだけ。実際に作物を育てているのは自然の力」との思いを強くする。 無農薬栽培に比べ、農薬は手軽に作物の収量増を図ることができる。ただ、その便利さは農家から、自然に感謝する気持ちを少しずつ奪っているような気がした